ユニセフ調査で、オランダの子どもの幸福度は世界一。また、世界保健機関(WHO)調査で、「自分の生活に満足している」「困ったことがあったら父 母に相談する」「学校の勉強がプレッシャーになっていない」と8~9割のオランダの子どもたちが答えています。「孤独と感じる」子どもの数は、日本は最多 の29.8%に対し、オランダは最小の2.9%。さらに、PISA調査でもオランダの子どもたちの学力はヨーロッパでフィンランドに次ぐ成績と、日本に決 して引けを取ってはいません。どんな社会であれば、幸福度や生活への満足度そして学力も保障されるのかを探るため、オランダの教育や社会を知るたびに出ました。
夕方の5時前後、町は帰宅する人であふれます。仕事の多くは5時前後に終了します。オランダでは「働く人の権利」が守られ、法律で 残業は連続何日と決められ、罰金も科せられます。そんなに労働時間が限られていて経済は大丈夫?と思ってしまいますが、オランダ人の時間当たりの生産効率 (国内総生産を労働者の労働時間で割った値)は世界一で、日本の約1.5倍です。余った時間を、小学校の子どもがいる家庭なら、間違いなく『家族の時間』 にあてます。6時頃に始まる夕食は両親と子どもたちがそろって食卓で団らんしながらとることは当たり前。子どもの心は必然穏やかになります。
視察先の学校で、保護者面談に来ているパパに出会いました。また、お天気の良い日に住宅地の公園などでパパが子どもたちを遊ばせている姿も見かけました。 子どもが小さい間は、パパが週に4日、ママが週に3~4日働き、週のうち平日でも2~3日はママかパパのどちらかが家にいて、育児をしている共稼ぎ家庭が とても多いとのこと。つまり、ママもパパもパートで働いているというわけです。
また、オランダでは「フルタイム」「パート」の区別はな く、同じ仕事に対しては、時間当たりの報酬や保障が平等で、有給休暇や産育休も同比率、納める税金も同比率です。その職種は様々で、教職員、校長、会社の 管理職、医者、警察官までもがそうです。そのため、誰もがそれぞれの仕事に対して高い意識や誇りを持ち、全ての人が、どんな仕事に対しても責任ある役割を 果たしています。
子どもが幸せだと感じる社会の条件の1つとして、人々の暮らしを大切にする労働環境が重要であると感じました。
~個性を尊重し『共感』を育てる学校文化~
オランダの学校で子どもたちは一人ひとりの個性が尊重され、その個性を伸ばすように見守られながら成長しています。視察校の一つであるイエナプラン校の学校長の言葉を引用して、その教育方法を紹介します。
「自分自身が目標を持ち努力する時、最も効果が得られる」
同じ教室に異年齢(4~6歳、7~9歳、10~12歳)の子どもが5~6人程度のグループとなって勉強します。もちろん、一人ひとりの学びが基本です。自分ができる事できない事をまず理解します。年間目標を決め、それに基づいて、毎週時間割を自分で決め、それに従って学習します。担任は一人ひとりの子どもの状況を毎日細かく把握します。低学年クラスで15人程度、高学年クラスで25人程度と少人数なので、丁寧な指導が可能です。
「1人ひとりが違うのは当たり前。同じ事をするには無理がある。」
クラス内の学習スタイルは実に多様です。同じ年齢の生徒が教室の一角で一斉授業を行う時間帯があります。その一方で、他の年齢の子どもたちは個別の学びに没頭しています。学ぶ姿は、椅子に座ったり、床に座ったり、寝転んだりと各自の学び易さが重要視されます。使う教材・教具も子どもの状況に合わせて好きなものを選ぶことが可能です。プリントにチャレンジする子ども、算数の教具を使って計算にとりくむ子ども、ノートに文字の練習を続ける子ども、器機を使って発音練習をする子ども、コンピュータを利用して学ぶ子どもなど、各自の掲げた目標を成功させるために全力で学んでいます。質問があれば、先生や異年齢の生徒がサポートします。一見ばらばらに見える学習スタイルは個々の学びが尊重されているからこそ、1つの教室で混在することが可能です。
(次の写真は、子どもたち1人ひとりのスケジュール表と先生からの詳細なコメントです)
「対話で経験と感情を共有し「共感」が育つ」
教室で全員が輪になって対話する場面があります。子どもは各自の体験を共有し、先生も自分の経験を感情表現することで、不安・怒り・喜びなどの感情は誰もがもつ感情であり、その解決法があることを学びます。この対話こそが皆の心を一つにし、異年齢の子どもたちの共同活動の要となります。
今、日本で盛んに取り組まれているアクティブラーニング。単なる小手先のテクニックだけでは、成功は容易ではないように感じました。
~子どもの権利条約がいきる教育こそ幸せの条件~
誰もが認められる学校
「どの子にも良いところを見つけ、誰もが輝ける素晴らしい人になる。誰もがWINNER(勝者)となる教育にしたい。」とイエナプラン教育学校の校長さんは熱く語ります。40年の教職経験に裏打ちされた豊かな実践で、協会から優秀校として認定を得ています。「教育とは子どもを育てる大切な役割。確かに先生は子どもにとっての1つのモデルです。しかし、子どもは先生の真似をするのでなく、自分らしくあるべきで、先生も自分らしくあり、自分らしくある子どもの姿も認めていくべき」と、個々のあるべき姿について示します。
学校教育の7つの枠組みは
①自分から進んで物事に取り組む ②計画することを学ぶ ③人と協力して学ぶ ④創造的に解決する ⑤自分の思いを正しく伝えるプレゼン能力の向上を目指す ⑥1日の振り返りをして、明日の成功につなげる ⑦自分のやったことに責任をもつこと。これらの目標を保護者と共有し家庭でも同じ枠組みで教育を行うことで全ての人が教育に関わります。学校はその中心的役割を果たすfamily schoolです。その中で、①自分との関係(自己理解)②他の人との関係 ③世界(社会)との関係(どう世界に貢献できるか)の3つの関係を一人ひとりが大切にできれば世界(社会)は良くなると彼は希望を語ります。
教育実践の基本は、(A)サークル対話 (B)仕事(学習)(C)遊び (D)催しの4つをリズミックにリラックスしながら学びを進めることです。(A)サークル対話は、3つの異なる年齢のクラスで、先生も一緒に1つの輪になって対話をすること。そこでは年齢や能力の上下関係がなく、皆平等になります。一人ひとりの意見が尊重され、互いを理解し合い、皆の意見を積み上げて物事を解決することで共同することの大切さを学びます。低年齢(5~7歳)クラスで5歳の子どもが、堂々と意見を表明する姿は輝いてみえました。(C)遊びは日本で息抜き程度の評価ですが、ここでは、人と人のつながりの基本と社会性や情緒を発達させる場であり、互いに喜怒哀楽を分かち合う大切な機会として、科目授業の成果を試す1つの手段としても積極的に利用されています。ここでは子どもの権利条約がいきる教育がまさに体現されています。
~全ての人が手を取りあって生きる社会づくりこそ幸せの条件~
「共生教育」の大先輩
オランダは、60年代、あらゆる差別を排除し、誰をも蹴落とすことなく手を取りあって生きる共生社会を目指し、70年代以降には「みんな違っていて当たり前」と、画一一斉授業から徹底した個別対応教育に大きく転換しました。障がいを持つ子どもたちも、外国籍や難民の子どもたちも、等しい教育を受けることができます。何らかの事情で留年や不登校になった子どもたちも、いつでもやり直すことができます。どこを切り取っても共に生きる教育に満ちあふれています。
どの子の自立も支える
外国籍や難民の子ども、家庭内暴力やホームレスといった問題を抱えている子どもなどを受け入れているレインボースクールを訪ねました。子どもたちが社会に出た時、自立して生きていけるようにと、徹底した少人数指導で、オランダ語強化補習を実施。保護者にもオランダ語や生活支援の指導を行っています。マニュエル学校長は「教職員に熱意は必要不可欠だが、学校を支える教職員の熱意を継続できるよう、職場環境を整えるのが管理職の役目」と、職場環境整備の重要性を熱く語る姿が印象的でした。
日本と対照的な教育をさらに紹介します。
「経験」に基づく学びがより良い社会を築く
オランダに教科書はありません。先生の指導書には子どもたちの能動的な活動を生み出す体験重視型授業の例が多く挙げられています。例えば、実物を教室に持参し、観察・経験を基に疑問を共有し問題発見へ導く。生活に関わるテーマや時事を取り上げ、自分の問題として考察・議論へ。経験が与える学びは深く大きなものとなります。自分の頭で考え、心で感じ、自分の目で見たものを信じ、社会の大きな問題に絶えず疑問を感じる中で、より良い社会をつくるために生きていく意欲を持つようになります。一斉に同じように学ぶ方法では、人は出来上がった知識を鵜呑みにするようになると、彼らは指摘します。
主人公は子どもたち
教員と子どもの働きかけの強さのバランスも、子どもに任せすぎると「自由放任」に、先生が称賛されるばかりのカリスマ教師は、子どもの育ちに無意味とされ嫌われます。子どもが自発的に学び、教師は子どもを観察し、人生経験が少し長い先輩市民として、子どもに関わることが重視されています。まさに主権者教育の在り方そのものと言えるでしょう。