書記長日記

つまらないニュースだと思いながら…

こんにちは、TKDです。

今週は火曜に執行委員会、木曜に分回代表者会議、金曜に県教委交渉となかなかハードな週です。でも、週の最初に嬉しいニュースが入りました。さわやか運動」が縮減されます。今までの年2回から、年1回が基本となります。昨年度、負担軽減の1つとして廃止または縮減を県教委に提言しましたが、一定の前進がありました。ささやかですけどね。

さて、今週の週間ポストの新聞広告を見ると、「教え子より我が子優先!『女性教諭の入学式欠席』を擁護する人々の仰天屁理屈」などという見出しが躍っています。例の、1年の担任になった埼玉の高校教員が、入学式の日に休暇を取って自分の子の高校の入学式に出席した、という問題です。というか、こんなことがニュースになることに呆れてしまいますが、結構話題になっていますね。何よりも、当該の教員の子どもがかわいそうです。ポストの記事は、中身は読んでいませんが、想像はつきます。20日のヤフー・ニュースでは「担任教諭の入学式欠席問題 公と個、浮かぶ本質論」という産経新聞の記事を配信。埼玉県教委へ寄せられた意見の内、48件が県教委や校長への批判、34件が教員への批判、でも65件は教員の行為への理解を示す意見だったそうです。ポストの記事は、この65件を揶揄するものなのでしょう。

どうでもいいと思っていたのですが、これだけ話題になると一言いいたくなります。まず、自分なら休みません。ということは、自分の子の入学式には出ません。でも、それは担任する生徒への責任感からではありません(責任を感じるのは当然。でも、それとこの問題は違う)。高校の入学式のつまらなさを知っているからです。まあ、セレモニーが好きじゃないんですよね(でも、卒業式での心のこもった答辞は好きです)。ただ、埼玉の教員が子どもの入学式に出たことを否定しません。詳しい状況は知らないので、想像でいいますが、いろんなことが考えられます。埼玉の高校では保護者に対する説明会等があり、できるだけ家族の誰かが出なければいけなかった、としたら。自分の高校で保護者に入学式への参加を呼びかけていたなら、自分の子の入学式に出席するのも理屈が通ります。子どもが中学時代に不登校になり、それを克服して高校に入学できた、としたら。入学の姿を目に焼き付けたいと思うでしょう。他にも、いろいろ想像できるのですが、やめときます。言いたいのは、その人ごとに事情が違うということ。その中で、判断したのだから、別にいいじゃないか、と思うのです。配慮に欠けていたのは校長でしょう。なぜ、担任が欠席した理由をいわなければいけなかったのか。「やむを得ない事情があって、本日は欠席です」でよかったのです。身内に不幸があって忌引きをとる場合だってあるし、インフルエンザにかかって病休をとる場合だってあります。つまり、入学式に担任がいないことは起こりうるし、それは大きな問題ではないということです。大事なのは、入学してから。時間をかけて、生徒との関係をしっかりつくっていくこと。今回の騒ぎに惑わされずに、担任と生徒・保護屋との間に信頼関係が作られることを願います。

最後に、許しがたいのは尾木直樹の以下の発言。「『聖職性』の高い教職員として、あり得ない行動。上司の管理者としての責任、意識も問われる」「息子さんを第一に取り、職業人ではなく母親の行動を取った。単純な学力ではなく、人間教育も求められるのが教職。子供たちへの職責に反している」「世間の『認識』に甘え、教師自ら乗ってしまうようでは、さらに信頼を失う」どうした、尾木直樹? いつから、こんなもん切り型の「正論」を吐くようになったんだい? あなたの方が、世間のバッシングに乗って、この母子への想像力も配慮も欠いた発言をして、教育評論家としての信頼を落としているんじゃないのかな。と、言っておきます。

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