学校の式典で「君が代」を歌わないと罰される地域が増加した。例えば東京都。都教委は03年10月23日通達で「国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われることを、教職員に周知すること」とした。あるいは大阪府。11年6月の府条例で「府立学校及び府内の市町村立学校の行事において行われる国歌の斉唱にあっては、教職員は起立により斉唱を行うものとする」とした。
だが、このような命令に「抗う人びと」がいた。本書は彼らの行動と信条のルポである。
東京都立学校の卒業式で「君が代」に起立斉唱せずに懲戒処分された教員の田中さん。彼の思いはこう記される。「田中さんにとっては、「日の丸・君が代」は日本の行った植民地支配や侵略戦争のシンボルであり、差別を排し、平等を求める社会にはそぐわない天皇を特別視する装置であって、どうしても受け入れられない。この自己の生き方の核心である思想・良心を侵されたくない思いがある。さらにまた、差別の助長や国民主権に反する装置の押し付けには不服従できるという、教育に携わる者としての子どもへのメッセージ・・・少なくともこれらが、不起立には込められている」(60頁)。
しかし、現実は厳しい。「(都立校には研修によって「洗脳」され)上司の命令に服従するのが当然と考える若い教員が陸続と送り出されている。「日の丸・君が代」にこだわる五〇代以上のベテラン教員に対して、何が問題なんですか、みんな歌っているじゃないですか、という言葉を屈託なく投げてくる若い教員は珍しくない。(中略)強制を強制と感じない教員がふつうになっている」(81~82頁)。
「ふつう」を疑う事から、まず、始めたい。
〈評・高木 哲也〉
岩波新書・2012年・760円+税 (14年7月10日)