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新版 きけわだつみのこえ 日本戦没学生記念会 編

きけわだつみのこえ   本書の初版は1949年に発行され、大きな反響を巻き起こした。また、本書に続く「第二集」が2003年に岩波文庫から発行された。いずれも、先の大戦での戦没学生の手記を集めたものである。ここでは、1946年にシンガポールで刑死した木村久夫(京都帝大)28歳の手記を取り上げたい。木村は、「戦争責任で自分が死刑になる」という運命を目前にして次のように記している。

 「この日本降伏が全日本国民のために必須なる以上、私一個の犠牲のごときは忍ばねばならない。苦情をいうなら、敗戦と判っていながらこの戦を起こした軍部に持って行くより仕方がない。しかしまた、更に考えを致せば、満州事変以来の軍部の行動を許して来た全日本国民にその遠い責任があることを知らねばならない」(446頁)。

 「国民はこれらの軍人を非難する前に、かかる軍人の存在を許容し、また養って来た事を知らねばならない。結局の責任は日本国民全体の知能程度の浅かった事にあるのである。知能程度の低い事は結局歴史の浅い事だ。二千六百余年の歴史があるというかも知れないが、内容の貧弱にして長いばかりが自慢にはならない。近世社会としての訓練と経験が足りなかったといっても、今ではもう非国民として軍部からお叱りを受けないであろう。私の学生時代の一見反逆的として見えた生活も、全くこの軍閥的傾向への無批判的追従に対する反撥に外ならなかったのである」(455頁)。

 木村の死から70年を経たいま、安倍首相は再び「戦争できる国づくり」を声高に唱えている。このような状況下だからこそ、木村が死に際して問うた「全日本国民の責任」が私たちに再び問われている。私は、安倍首相にこそ、「わだつみのこえをきけ!」と言いたい。

 〈評・高木 哲也〉

岩波文庫、1955年、860円+税 (15年3月10日)

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