『英語教科書は<戦争>をどう教えてきたか』著:江利川春雄
(研究社)
江利川氏は約30年かけて、小・中・高等女学校・実業学校などで戦前までに使われてきた英語教科書3000冊以上を収集、分析しこの本にまとめています。掲載教科書のいくつかを紹介します。
明治維新から1945年8月15日までの日本の近代史は、「富国強兵」のスローガンのもと軍事増強と戦争に明け暮れる歴史でした。このような歴史へと、日本人を向かわせることに大きな影響を与えた英語教科書「ミッチェル新学校地理」(1872年)は衝撃的な内容です。この中の「文明5段階説」は、世界の人々を「開化人」「文明人」「半文明人」「未開人」「野蛮人」の5つにわけ、日本人を「半文明人」に位置づけています。この言説がは福沢諭吉ら知識人に大きな影響を与え「文明開化」という言葉の由来にも。「開化人」に対する強い劣等感が日本近代化へ動かし、「開化人」とされていた欧米人が行っていた植民地支配を近代化の手本にしました。その後、日本はアジア諸国に軍隊を送り出し戦争に明け暮れることになります。
このような状況下で、外国文化の理解や国際交流には欠かせないはずの英語教育をも戦意高揚の道具とされ、英語教科書には戦争や軍人を賛美し、天皇や国家のために命を捧げることを説き、戦争完遂のため滅私奉公を求め、多民族への蔑視や、植民地獲得の魅力などを生徒たちに語っていました。
日清戦争後の1987年の中学生用の教科書には、凱旋した兵士を讃える教材が掲載されています。
『It is the picture of a soldier. How brave he looks! ……. (訳 兵士の絵です。なんと勇敢なんでしょう・・・)』
同じ教科書に、他民族を蔑視する教材も掲載されています。植民地化された台湾についての教材です。
『台湾は、・・・我が領土となれり。・・・東西の二部に分れたり。西部は支那より渡れる者多く住み、東部には昔より此の地に在りし蕃人住居す。蕃人は未だ開けざる無知の民にして、性質あらあらしけれども、おひおひは、我が国風に化せられて、よき民となるべし。(訳のみ)』
日本最初の高等女学校用英語教科書の改訂版(1907年)のLesson34(戦争ごっこ)の教材。
『There was a great war in China. Let us march. Play a march. …… Soldiers fight. We love the Hinomaru flag. Let us play war. That will be fun. …… Boys, you are all soldiers; you may march with your guns and flags. I’m a general, a brave general, too. …..
(訳 中国で大きな戦争がありました。行進しましょう。進軍ごっこをします。・・・兵隊さんは戦います。私たちは日の丸の旗が大好きです。戦争ごっこをしましょう。きっと面白いですよ。・・・男の子は兵隊さんです。鉄砲と旗を担いで行進しなさい。僕は将軍で、しかも勇敢な将軍です。・・・)』
満州事変の後、中国で(真相は偶発的事故で)爆死した3人の日本人兵を「爆弾三勇士」として美談に仕立て語られた話を1932年の中学・実業学校用の英作文教科書では、英作文教材で未来形の教材として扱われました。
『爆弾三勇士 : お父さん、私たちに面白い話をしてくださいませんか。よろしい、三勇士の話をしてあげよう。あなたは彼らのような勇敢な兵隊になりますか。はい、私は国のために死ぬつもりです。』
「おわりに」で江利川氏はこう提言しています。
「これらの教科書を採択し、それを使って英語の授業を行ってきたのは、一人ひとりの教師たちだった。その意味では、「英語教科書は」ではなく、「英語教師は」<戦争>をどう教えてきたかが問われるのである。結果として、子どもたちはどうなったのだろうか。・・・
英語教育の過去を直視することなしには、これからの子どもたちを守れない。平和も民主主義も、国民一人ひとりが絶えず守り育て続けていかなければ空洞化してしまう。今、教育と教科書が危ない。とりわけ、英語教育政策が危険である。・・・学校の英語教育の目的は、グローバル企業のための技能教育・人材教育ではない。どのような人間を育てるかという、学校教育の本質論を考えるべきときに来ている。」