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『「天皇機関説」事件』 山崎 雅弘 著

 立憲主義の危機は、約80年前の昭和初期にもあった。それが憲法学者・美濃部達吉が巻き込まれた天皇機関説事件である。

 著者はまず、「天皇機関説事件とは、一九三五年に日本の政界を揺るがした弾圧事件」(10頁)と規定し、「天皇機関説の核心をなす解釈は、『国家を法人と見なし、君主(天皇)をその法人の最高機関と位置づける』こと、『君主(天皇)の権力は、憲法の制約を受ける』ことでした」(63頁)と説明する。このような天皇機関説は、1912年に上杉愼吉との憲法解釈論争に美濃部が勝利して以後、日本の憲法解釈の主流であった。

 ところが1935年、貴族院で菊池武夫らが、衆議院で山本悌二郎が天皇機関説を排撃し、両院で排撃の建議案が成立した。その直後には文部省も排撃の訓令を発表した。これに対して、東京帝大の学生新聞は「特定学説の排撃」として批判を行ったが、多くの学者達は沈黙・追従するのみ。ところが、昭和天皇は違った。「天皇は美濃部の提唱する天皇機関説を、おおむね妥当な解釈であると認め、これを批判する勢力に厳しい視線を向けていました」(94頁)と著者は語る。しかし、その後、美濃部の3冊の著作は発禁となり、「昭和維新」と呼ばれる国粋主義が蔓延して行く。

 著者はこのような流れの背景を、「(右派政治家や軍人が、国際連盟からの脱退・深刻な経済不況・西欧から流入した共産主義思想などによる)精神的動揺を乗り切って自信を取り戻すため」(165頁)と見、美濃部の背景にある「個人主義と自由の思想」(213頁)が憎まれたと見る。

 最後に著者は、「憲法と、それに基づいてさまざまな社会制度を構築する立憲主義が失われた時、国民の将来が大きく変わってしまうことを、一九三五年に起きたこの事件は、後の日本人に教えています」(242頁)と説く。正に、いまこの時期に読むべき書であろう。

 〈評・高木 哲也〉 集英社新書・2017年・760円+税 (17年6月15日)

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