著者は2014年9月に逝去した経済学者。評者の心に残る、3つのテーマに関わる言葉を以下に記したい。
まずは、「人間のための経済学」について。「(私は)日本の経済社会あるいはアメリカの惨憺たる状況を見て、経済学が社会の病を作っているのではないか、何とかして経済学が人間のための学問あるようにと願い、様ざまな努力をしてきました。(中略)その過程で私は一つの大事なことに気づきました。それは、大切なものは決してお金に換えてはいけない、ということです。人間の生涯において大きな悲劇は、大切なものを権力に奪い取られてします、あるいは追いつめられてお金に換えなければならなくなることです。(中略)市場原理主義は、あらゆるものをお金に換えようとします。(市場原理は)似非経済学と呼ぶべきかもしれません」(50~51頁)。「人間の経済」とは、市場原理とは正反対のものである。
次は「リベラリズム」。「本来リベラリズムとは、人間が人間らしく生き、魂の自立を守り、市民的な権利を十分に享受できるような世界をもとめて学問的営為なり、社会的、政治的な運動に携わるということを意味します。そのときいちばん大切なのが人間の心なのです」(90頁)。著者の説くリベラリズムの基本には「人間の心」がある。
最後は「平和憲法」。ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が1981年に来日した際の言葉を、「平和は人類にとって、いちばん大事な共通の財産である。特に日本の平和憲法は、平和を守る非常に重要な役割を果たす社会的な資産である」(23頁)とまとめ、「(法王は)平和を守ることの意味を非常に大切なことと強調されたのです」(同頁)と述べる。著者流に言えば、日本の平和憲法とは「平和を守る社会的共通資本」なのである。
本書は、人間の温かい心を持った偉大な経済学者・宇沢弘文の威徳を偲ばせる書だ。
〈評・高木 哲也〉 新潮新書・2017年・720円+税 (17年11月15日)