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『真実の「わだつみ」』 加古 陽治 編・著 

 平和を追求するためには、過去の戦争の実態を知らねばならない。その意味で、私はこの10年間ほどアジア・太平洋戦争における戦争責任問題を考えてきた。その中で、戦没学生の手記としてつとに高名な『きけわだつみのこえ』(初版は1949年に東京大学消費生活協同組合出版部から刊行。現在は、岩波新書所収)も読んだ。この『きけわだつみのこえ』に収められた数々の手記の中でも、京都大学出身の木村久夫の遺書は極めて有名である。本書は、その木村の遺書が実は2通あったという事実からスタートし、木村の正確な考えを明らかにしたものである。

 木村はシンガポール島の東の突端にあるチャンギで敗戦を迎えた。その後、戦時中に住民に暴行を加えたという罪で、1946年5月に現地で絞首刑が執行された。しかし、それは無実の罪であった。彼は、死刑執行までの約2ケ月に遺書をしたためた。特に重要な2ケ所を以下に記す。

 「日本はすべての面において、社会的、歴史的、政治的、思想的、人道的、試練と発達が足らなかったのである。すべてわれが他より勝れりと考え、また考えせしめたわれわれの指導者及びそれらの指導者の存在を許してきた日本国民の頭脳にすべての責任がある」(52頁)。

 「すべてのものをその根底より再吟味するところに、われわれの再発展がある。ドグマ的なすべての思想が地に落ちた今後の日本は幸福である。(中略)何を言っても日本は根底から変革し、構成し直されなければならない。若き学徒の活躍を祈る」(53~54頁)。

 このように軍部や全日本国民の戦争責任を問いながら、木村は無実の罪という不条理の中で死んでいった。彼が死に際して問うた全日本国民の責任は、いま、果たされているだろうか。編著者の加古は、本書の最後をこう締めくくる。「木村の二つの遺書の言葉は、今も私たちに『反省を忘れていないか』」と、問いかけている」(183頁)。この言葉の重さを、この今こそ、私たちは改めて想わねばなるまい。

 〈評・高木 哲也〉 東京新聞・2014年・900円+税 (17年11月30日)

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